日々の楽しい出来事を忘れぬうちに。夕暮れの茜色の空が大好きです。


by m-bintang
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カルピスパン

スーパーにカルピス入りの食パンが売ってたので
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カルピス入りのパンを作ってみました。
砂糖の代わりにカルピスを入れます。
くるくる巻く時にクリームチーズにレモンと砂糖をちょっとだけ入れて混ぜたものを
生地に広げてから巻いてうずまきパンにしてみました。
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ほんのり甘酸っぱくて美味しいパンでした。
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# by m-bintang | 2011-07-10 21:19
伊賀の奥の細道プロジェクト、「思い出戻し隊」無事今日で完了しました。
行けない日もありましたが、少しでも被災者が笑顔になれたらとお手伝いしました。
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ここ数日は、場所を変えて(エアコンの効いた涼しい部屋。洗浄作業してたときと比べると天国です。)
洗って干した写真をポケットアルバムに入れる作業をしていました。
場所や内容がわかるものは、詳細を書いて、探しやすくします。
何枚かに「野蒜」と書いてあるものがあったので、その地区の写真だったのかな?
中には賞状や文集、手帳、ビデオテープ、手紙までありました。
参加者が多かったので予定の日より1週間ほど前倒しで終われたようです。
これらのアルバムは7月中旬に他の支援物資と一緒にトラックで運ばれるそうです。
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全て片づけてから反省会兼各自持ち寄りのお茶会をしました。
写真はコーヒー大福です。
中に生クリームとコーヒーの香りのする餡が入ってて、美味しかったです。

現地に入ってボランティア活動されてきた方も数名いてましたが
遠くまで行かなくても、こんな作業をするだけでも被災地の方の現状がわかるのでは?とのお話でした。
なかなか経験できないボランティアでした。
また何か機会あれば、お手伝いしたいと思いました。
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# by m-bintang | 2011-07-07 15:52
津の県総合文化センターへ日本センチュリー交響楽団の特別演奏会に出かけてきました。
このオケは以前は大阪センチュリー交響楽団と言って大阪府文化振興財団が運営していましたが大阪府からの補助金が打ち切りになり
名称を日本センチュリー交響楽団に改めてのスタートになったようです。

グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18

ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調 作品95「新世界より」

指揮:小泉 和裕(日本センチュリー交響楽団音楽監督)

ピアノ:小山 実稚恵

ラフマニノフのピアノ協奏曲は私の好きなピアノ協奏曲の中で3本の指に入るほど好きな曲で
第一楽章の重くて暗い雰囲気の曲から最後は明るく前向きになるように変化するロマンティックな曲なのです。
「のだめ」でも千秋先輩が演奏していました。
ラフマニノフは今までいろんなコンサートに出かけてますが、多分初めて聴くと思います。
彼の手はめちゃくちゃ大きかったらしく小指でドの音を押しながら、親指で1オクターブ半上のソの音を鳴らすことができたらしい。

新世界は途中でクライズラー&カンパニーの曲を思い浮かんできてしまいました。
こっちがパクリなのにね。

第四楽章の前、係員に誘導されて小学生低学年と高学年、母親のグループが入ってきました。
ステージを指さして母親が高学年の娘にヒソヒソ話をするし、高学年の娘はキョロキョロ落ち着きません。
目の前の席でされるので気が散って、集中できませんでした。
演奏中に誘導する係の人もどうかと思います。
遅刻したらホールには入れない、くらいの教育が必要でしょう。
新世界が終わってその母親立ちあがって、手を上に上げて拍手、大手を振っています。
第四楽章しか聴いてもいないのに、そのリアクションは何?
どうやら、ステージのメンバーの家族のようでした。
どんなにいい音楽家でも家族がそんな音楽を聴く姿勢を持っていないんではあかんと思います。
センチュリーの楽員の家族なのか、もしくはエキストラで出てるメンバーの家族なのかわかりませんが、
音楽を愛する人間の一番身近な家族が音楽を聴く態度でホールに入ってないことに許しがたい思いで一杯で、最低のマナーも知らない人間は音楽を聴く資格なんてないと思いました。
今日はKYな客もいなくて、いい音楽が聴けると喜んでいたのに、
(私の周り前後左右、3席は空席だったので)
最後に酷い家族が入ってきてせっかくの新世界が台無しになりました。
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# by m-bintang | 2011-06-26 23:44
伊賀で今月初めからしている、「思いで戻し隊・いがプロジェクト」のボランティア作業に出かけてきました。
東日本大震災の津波被害で泥にまみれた写真の洗浄作業です。
新聞でボランティアを募集してる記事を取っておいたのですが、
今日まで時間の都合がつかず、もしやもう人手は要らないかも?と出かける前に
社会福祉協議会へ電話をしたら、現場に繋げておきますとのこと。
家から少し離れてたのですが、行けるときに行って少しでも手伝おうと出かけてきました。
今日は7名ほどで作業しました。
仕事がお休みで来てる人もいてました。
話によれば我が市でもしてるそうですが週末だけとのこと。
近いけどちょっと行けそうにない。逆に伊賀は平日だけの作業です。

リーダーの方は三重県がこの修復作業を受けたときに、四日市まで出かけて講習を受けて来たそうです。
その通りにしないと、いくら洗ってもまたカビが生えてしまったり、保存状態が悪くなってしまうそうです。
泥にまみれたアルバムから写真を剥がす作業グループと、
剥がした写真を水につけて泥やアルバムの糊、アルバムフィルムを剥がして干すグループに別れての作業です。
私は後者でした。
状態のいいものは洗わなくてもよいのもあるのですが、ほとんどは泥まみれです。
まず、ぬるま湯に汚れた写真をつけて、ゴム手袋で泥をそっとぬぐいます。
白黒写真は紙の材質がカラーとは違うようで薄くてボロボロになりやすいので手早く。
たっぷりと水分を吸ってしまってるものはアルバムフィルムのほうに色が転写してしまってるものも多く、剥がすのも慎重にしなければなりません。
四辺のふちはほとんどダメになってます。
人物が判らなくなってしまってるものは残念ですが修復できず、処分です。
3つのバットに水を入れて、汚れをしっかり落としたら、洗濯バサミに付けて乾燥させます。

昨日干して渇いた写真をアルバムごとに袋にいれます。
作業場は広いのですが、アルバムについてた泥が落ちて乾燥したからか、結構ほこりっぽく、
風のある日は写真を乾燥させてるうちに舞うほこりが付着してしまうそうです。
なのでほこりのない違う場所でポケットアルバムに入れて、被災地に戻すそうです。

岩手県山田町の写真が完了して、今は宮城県東松島市の思い出の修復です。
山田町に戻った写真は被災地の人たちにすごく喜ばれたそうです。
芭蕉さん繋がりではるばる伊賀まで被災地の写真が届いたのだと思われます。
まだ大きな段ボールが7箱封をあけずにありました。
写真を干していると、大きな船に乗ってる白黒写真や、結婚式の写真、お孫さんの写真や運動会の写真、大切な思いでなんだろうなと思うような写真がいっぱいでした。
今日の写真は昭和のものがほとんどでした。
ここに載ってる人達みんなが被害に遭われたかと思うと胸がいっぱいになりました。

マスク、手袋、エプロン着用で作業をするのですが
私は洗う係だったのであまり気付かなかったのですが、
アルバムから剥がす作業をしてる人は、
「ドロとかカビとか、なんとも言えない臭いがする」と仰ってました。
アルバムだけでも臭うのだから現地はさぞやと思います。
人海戦術でしかできない作業で、私は今のところ時間だけは自由になるので許す限り、お手伝いしたいと思いました。
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# by m-bintang | 2011-06-17 19:51

タクシーの中で

日曜の夜、駅からタクシーに乗って自宅まで送ってもらった時の話です。

スーツケースをトランクに入れてもらったので運転手さんが
「ご旅行でしたか?」と訊かれたので
「東京まで出かけてきました。品川の駅は薄暗かったですよ。」と話すと
「私も東京タワー近くの人間なんです。
明日からまた東京へ行ってそれからボランティアで東北へ行きます。
自分は自衛隊を退官してるのですが、現役があんなに頑張ってるのに
何もしないわけには行かないと、仲間と一緒に海に潜って、車で避難してるときに
津波にさらわれた方たちを引き上げるボランティアをしています。
現役のときは特殊潜水の任務をしていたので、水深50mくらいまで潜ります。
車の中でみつかれば、車のナンバーや車検証から身元が判明しやすいのですが、、、。
子供を抱いたままなくなっていたり、夫婦が手を繋いだまま、閉じ込められていたりすると
涙が出てきますよ。
今まで200人ほど引き上げました。
一人でも多く、引き上げてあげたいと思って、東京の実家で仲間が集合して
一回に1週間ほど行ってきて、明日が3回目です。」
そう仰いました。
一人でもたくさん探して、ご遺族に帰すことが供養になると仰ってました。

年にして65歳くらいかな?
国を守る責任感が退官後も強く残ってのボランティアなんだと思います。
頭が下がる思いがしました。
地元でも人知れず現地へ出かけ現場にでてボランティアしてる人がいるとは、、、。
私には何ができるのだろう?そんな思いを今しています。
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# by m-bintang | 2011-06-16 18:27

銀座

披露宴が終わって、兄の住む葛西の家の近くのホテルに泊まりました。
翌日は娘たちのお伴をし、銀座に繰り出しました。
地下鉄東西線で日本橋で乗り換えかな?と乗り換えホームに行ったのですが、
上を歩いてもいいんやない?となり、日本橋で地上に上がりました。
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東京駅でコインロッカーにスーツケースを預け、(でも次女のスーツケースは規格外で入るところがなく持ち歩き)そこから銀座へ向けてブラブラあるきました。
途中、山形や沖縄のアンテナショップがあり、沖縄でブルーシールの紫イモアイスクリームと
サーターアンダギーを食べました。美味しかった。
いろんな珍しいものがたくさんで欲しかったのですが、保冷バックも持ってなかったので諦めました。

銀座に入って伊東屋へ。
駄菓子屋、旅館、写真館、駅舎、染物屋、銭湯など日本の古き情緒あふれる街並みが描かれたはがきが売ってたので、買いました。
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これは、絵ハガキに折れ線、切り込み線にそって起こすと立体的になる絵ハガキです。
こんなの貰いたいな~~って思うからこれを貰った人は喜ぶかも?私が欲しいです。

娘も立体的な建物になる真っ白なカードを買ってました。
いろんなカードがあって、地下と1階だけでも楽しめました。

その後、松屋へ行き、雑誌にのってるようなブランドものをみてきました。
噂の「ルブタン」の靴も売ってました。
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銀座は午後から歩行者天国になっててゆったりと歩けました。
なかなか良かったです。
お昼は、松屋に入るまえに右側に小南国の看板がちらりと見えたので、中華にしました。
上海のお店が日本に来てるとは・・・
ランチセットで上海風焼きそば、大海老と春雨のXO醤煮込み、 ふかひれ入りあんかけチャーハン、香港風坦々麺 、みんなのをまわし食べしましたが美味しくてお腹一杯になりました。

お昼を食べて、お腹一杯になった後は銀座7丁目まで歩き、次女はH&Mへ長女たちはお隣の
YAMAHAへ別れていろいろ見てきました。
特にYAMAHAは階段が絨毯が敷いてあり、壁が無音になってるようで響きません。
さすが、YAMAHAです。ホールがあるからかな?感心しました。
心斎橋にもYAMAHAはありますが、普通のビルです。

3時を回ったので来た道を戻って東京駅まで行き、長女とはここで別れて新幹線で帰りました。
銀座は大人の街で、また来たいなと思いました。
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# by m-bintang | 2011-06-12 23:36

結婚式

姪の結婚式に招かれ東京まで出かけてきました。

12月20日、姪の誕生日にすでに入籍し、一緒に暮らし始めています。
最初は3月の予定でしたので、新婚旅行にも出かけカナダへスノボとオーロラを見て来たそうです。

ガーラ湯沢のスノボ教室で出逢ってだんなさまが一目ぼれ、
猛アタックをかけたそうで、一旦は交際を断られたものの
納得いかず、再度アタックし、交際スタートしたようです。
とても優しそうな守ってくれそうな、姪にデレデレのだんなさまでした。
きっと暖かい家庭を作ることと思います。
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安藤忠雄が手掛けた民家を改装したチャペルウェデェイングで、
前奏はパイプオルガンとバイオリンの生演奏、讃美歌は聖歌隊が登場し
美しい歌声でした。
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外国人の牧師が半分以上英語で式を進行しました。
地下のチャペルですが、とても明るいでしょ?
青山の一等地にこんなに広い民家というのも驚きです。
地下が教会、上が披露宴会場でした。

去年は義兄の次女、今年は長女と2年続きでお祝い事です。
次は我が家か、と思うとちょっとぞっとします。

こんな豪華な挙式披露宴を見ると、うちの娘たちには海外で親族だけでしてくれ~~って感じになりますね。
お料理もどれもとても美味しく、特にフォアグラのキャラメルソテーが美味しかったです。
娘たちは
「やっぱり何が大事って料理の味やな。料理が美味しければ他のことが多少行き届かなくても
ゆるされるよ。」と自分たちの番には料理の美味しいところで、と思ったようです。
さて、いつになりますやら・・・
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しっかり貯金しときなさい、とは言ってあります。

ずっと気がかりだった、姪の挙式も無事済んで皆がほっとしました。
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# by m-bintang | 2011-06-11 21:28

今日のお仕事

①冬の間に食べて皮だけ剥いて冷凍しておいたネーブルや夏ミカンの皮を10回ほど湯でこぼして
苦みをとってマーマレードを作りました。
パウンドケーキの中に入れたり、ヨーグルトに混ぜてデザートにするほかに、
豚肉や鶏肉をソテーしたところへマーマレードを入れて使います。
作ったのは半分冷凍保存しました。

②その後、甘夏の薄皮を剥いて冷蔵庫で冷やしておき夕方娘が帰ってから練乳をかけておやつにしました。
いちごと練乳もあいますが、すっぱい夏ミカンに練乳も大好きです。
瓶の練乳、我が家のブームです。この大きさで500円しない。安いのです。
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③空が曇ってきたので、マンデビラの苗を植え替えして支柱を立てました。

④麻のパンツを2本裾直ししました。
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夜は鳥モモ肉をソテーして余分な脂を取ったあと、マーマレード、醤油、お酒で味付けした
鳥肉のマーマレード焼きを作りました。
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食卓にだしたところ、娘が「今日、ちょうど食べたいって思っててん。以心伝心すごいなぁ~」と。
夫は「お母さんとは血が繋がってるからなぁ」と意味深な言い方でした。
いいねん。
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# by m-bintang | 2011-06-08 09:09

定期演奏会

次女が所属する上野ウインドアンサンブルの定期演奏会に出かけてきました。
今年で25回目だそうで、娘は高校卒業時に、顧問の先生に誘われて入団したので5回目の定演になりました。

今回は「25周年記念コンサート~東日本復興支援コンサート~」と言うことで
休憩時間ロビーでサックスソロや終演後にオーボエとホルンの演奏があって募金を呼び掛けていました。
被災された学校や団体の楽器・楽譜等の購入などの支援活動に充て、全日本吹奏楽連盟を通じ被災地に送るそうです。

第一部は復興、2011年度吹奏楽コンクール課題曲、他
第二部はチビッコお楽しみの音楽劇、今年は「不思議の国のアリス」
第三部は~がんばろう日本~ということでみんなが楽しめる、日本の歌や嵐メドレー、ちびっこの大好きな「ワンピース」や「アンパンマン」「忍たま乱太郎」などのアニメソング。
ちびっこもいっぱいいてたくさんの人が来ていました。

ちょっと気持ちよくなってきたところで、娘のテナーサックスのソロパートがあってビックリ。

定期演奏会が終わると次は夏の吹奏楽コンクールに向けての練習になります。
社会人の台院は仕事と吹奏楽を両立させてて、好きなことでないと続けられないですね。
中学から始めたサックスは娘を成長させてくれるものになっています。
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# by m-bintang | 2011-06-05 22:10
信楽にあるMIHO MUSEUMへ 長沢 芦雪展を見に行きました。
我が家からはちょうど1時間、新緑の中のドライブでした。
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FMで何度か聴いてたのですが、明日が最終日と気が付いて
午後から慌てて出かけました。
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長沢芦雪は丸山 応挙の高弟で江戸中期の京都で、若冲や蕭白らに並んで活躍した絵師です。
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「一笑図」、1本の竹に子犬たちの愛らしい表情に笑みがこぼれます。
これは「竹」と「犬」をで「笑」という漢字になる、言葉遊びの絵でした。
先日の歌川国芳も言葉遊びの絵を描いていましたから江戸時代には流行っていたのかもしれません。
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「白象唐子図屏風」、大きな屏風に収まりきらないほど大きな象、その上にたくさんの子供たちが頭の上に登ったり、大きな鼻をさわったり、背中に乗って遊んでいます。
やさしいまなざしで象は元気に遊ぶ子どもたちを嬉しそうに見守っています。

「方寸五百羅漢図」、昭和28年に滋賀県の旧家で確認されて以降行方不明だったが82年ぶりに
京都の画商が一般の人から買い上げたものをMIHOの館長が調べ、芦雪の真筆と判断したそうです。
1寸、3.1センチ四方に描かれてるので、裸眼ではとて小さすぎて確認できません。
当時に流行っていた天眼鏡(虫眼鏡)を使って描かれたのでしょう。
大きく引き伸ばした五百羅漢図でようやく全体像が解りました。
大きな屏風に大胆な龍や虎を描くばかりでなく、こんな細かい絵も描けるスゴイです。
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「群龍図」は四角い紙のなかに、無数の龍がいろんな方向から群れをなしてる絵です。
ちょっとどころか、かなり怖いです。
いろんな角度から墨の濃淡で龍が飛び出してきそう。


大胆な構図に繊細な表現の絵、ときには指や爪で描くこともあったようで、
楽しい絵が多かったです。
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# by m-bintang | 2011-06-04 23:56